5.1AIR
「仕事よ、さらば。日常からテイクオフ!」
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「常識よ、さらば。」

かえる

今回の『さらばの達人』には、自他共に認める“さらばの専門家”、映画評論家の白井佳夫さんがご登場!専門家たるゆえんは、

「常識」  に“さらば”していること。

世の中の常識に“さらば”し、柔軟な思想を持つことで、次々と“さらば”を重ねる白井氏の生き方を、とくとご覧アレ!

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―― 映画を独自の視点で見据えた、時に辛辣なまでの評論にいつも刺激を頂いています。佇まいからも、自由ゆえの強さが窺えますが、現在の生き方の基盤となった大きな“さらば”はありますか?

僕は映画が大好きで『キネマ旬報』(以下『キネ旬』)に入社して、下積み10年の後、8年半編集長を務めたんだけど、編集長の時期に『キネ旬』をかなり面白く改革したんです。『キネ旬』に一生賭けようと思ってたんだ。ところが、ロッキード事件をきっかけに編集長の座を降りることになった。当時、進歩的文化人が一丸となり、“アメリカ政府はロッキード事件の資料を日本人に向け公開せよ”って意見広告を『NYタイムズ』に載っけたんだけど、それに僕が名前を連ねたことで、児玉誉士夫(※1 )と関係が深い大物総会屋だった『キネ旬』社長と折り合いが悪くなったんです。これだけ懸命にやって部数も伸ばしても、こんなことで嫌なトラブルが生じ面倒があるんじゃやってられないから、さよならしましょうと。でも、そしたら読者が立ち上がって、“白井佳夫をクビにした経営者を糾弾する!”ってことになっちゃって。1つの雑誌の編集者がクビ切られたからって、こんなことになるは珍しいんじゃないですか。ジャーナリストにも、「これだけの大勢の読者が集まるなんて、幸せな編集長だねえ」って言われました。それが、人生における、大人になってからの“さらば”第一号。


※1 児玉誉士夫:日本の右翼運動家で、A級戦犯に指名されたが後に釈放。ロッキード事件の被告。「政財界の黒幕」、「フィクサー」と呼ばれた。



パレードは続く
Life is improvisation

―― “さらば”=1つの大きな転機ですね。

それが44歳の時なんだけど、当時は、編集長を務める傍ら自分のテレビ番組も持っていたんですよ。『日本映画名作劇場』っていう番組で、僕は解説をやっていたんです。だけど、『キネ旬』をクビになったから失業手当を貰っちゃってたんですね。普段テレビに出る時とは違った格好をして、毎月手続きに行くわけですよ。それで、あるとき係のおじさんが、「あんたもまもなく45か。今後は再就職難しくなるよ。今度からはあっちの窓口に行きなさい」って指差したのが≪中高年齢用窓口≫で、“世の中の常識では45歳は中高年齢になっちゃうのか”、って思ったね。だけどさ、評論家やジャーナリストなんかは、年取っちゃったらおしまいでね、60だろうが70だろうが、所謂≪肉体年齢≫と“さらば”しないとダメなんですよ。“クビになっちゃったから”、“定年退職だから”って、気持ちまで年老いちゃあおしまいだよね。だから、同窓会なんか絶対行きたくないね。皆すっかり爺さんになっちゃってさ、「白井さんが学園祭でやったパレードは面白かった」なんて言うわけ。でも僕は未だに、毎日の仕事で、学園祭のパレードをやってるようなものだからね。今日だってそうじゃない?こんな格好で来て、写真撮って貰って、お祭りやってるわけじゃない。こんな調子だから、僕の人生は“さらば”の連続って感じですね。

常識に“さらば”し、自由を手に!
常識に“さらば”し、自由を手に!

―― 最近、新たに“さらば”したものはありますか?

近年、4つくらいの映画賞の選考から降りたんですよ。日本の映画賞っていうのは、雑誌社主催の物も新聞社主催の物も、皆同じ様な結果になっちゃうじゃない。それはおかしい気がしてね。つまり、“常識よ、さらば”。 100人の評論家が投票で選ぶ賞なんてのはね、本当に個性的で素晴らしい映画は上位に入らないんですよ。誰もが4位か5位に選ぶような、万人に分かる映画が、総合得点で上にあがっちゃう。だから腹に据えかねてね。僕が編集長だった頃から、“キネマ旬報ベストテン”に入った映画なんてどれも全然良くなくて、つまんない映画だと思ってた。だから、“キネ旬ベスト10”っていうのは、僕にとっちゃあワースト10だなあと思ってさ。でも、だから僕が編集長の頃の『キネ旬』って面白かったんだと思うよ。それくらい反骨の人が、“常識よ、さらば”の精神で創ってたから。「皆がいいと思うものは本当は良く無いんじゃないの?」っていう主張が無いとダメなんだね。そういう風に、色んなことに対して世の中の常識に“さらば”すると凄く自由になる。それとね、論争しなきゃなんないじゃない。“ベストテンに入った山田洋次さんの映画を、何であんたはダメだって言うんですか?”って言われると、なぜ良くないのか論理的に答えなきゃならないから、自分も評論家として高められるわけです。

常識に“さらば”し、自由を手に!

感想の不一致は、親密のチャンス!
 
―― なぜ酷評するか、説明できるということも大切ですね。

映画ってのは、100人100様の見方が出来るから面白いんですよ。一心同体のつもりの恋人同士でも、一本の映画を男は「面白い」女は「つまんない」って言ったら、その後食事したりしながら、「何で良さが分かんないの?」「どこが面白いの?」と論議するうち、人間って親密になるんだから。あるとき講演で「ある映画を淀川さんは良いと言って、白井さんは悪いと言っています。どっちが正しいですか?」て可笑しな質問されたけど、「あんたが観て面白かったら、あんたにとっては淀川さんが正しいんだし、つまんなかったら、白井佳夫でしょ?」ってんだよね。『評論家が褒めたからいい映画』なんて考えは、自立してない証拠。自分のお金で自分の貴重な時間に観るんだから、“他人の評判よ、さらば”して、自分の目で観ないと。また別の講演では、若者が「僕は、白井さんが褒めた映画は大概つまんないから、白井さんが“つまんない”って映画だけ観てます」って。嬉しかったね僕は。評論家が世の中の助けになるとしたら、プラスにしろマイナスにしろ、物差しになるってことだから。だから、僕が若し映画のロケで海外に同行させて貰ったとして、その映画の出来が良くなかった場合に「でもなかなか景色が綺麗だ」なんて褒めちゃイケナイってことだね。そうすると、僕が“良くない”と書いた映画だけ観ることにしている人を裏切ることになるから。

八丈島について語るホッピーさん

探すって楽しい♪


―― 映画に関わらず、日常でも自らの感性を信じることは大切ですね。
 
映画ってのは、日常の反映ですからね。だから、日常でも“世間で評判のいいものよ、さらば”は大事。わざとやってんじゃないですよ。本当に、僕の感性で悪いと思った場合ね。例えば、5万円取られちゃう有名なお寿司屋より、高円寺の早稲田通り沿いにある極普通のお寿司屋の味が、僕にとっては美味しいんです。だから、テレビで紹介されたラーメン屋に行列が出来るのは、僕にとっちゃ最低。味覚まで人の価値観に左右される生活には、“さらば”しないとね。僕はね、タクシー乗車中、気になる店を発見すると停めて貰って立ち寄りますよ。走行中に、看板の字やガラス戸の煤け具合を見て、これは美味い店じゃないか、って想像するのが楽しいんです。それが人間の甲斐性ってもんでさ。でも、たまには当たんないこともありますよ。ガラッと開けたら、客席や調理場の雰囲気からして、こりゃもうダメだって。そういう時は、“誰か探しに来たけど、あの人は居ないな”、って顔して、ピシャンと閉めて帰っちゃう。そこで妥協しちゃいけないんだ。洋服を買う時も、試着して、合うものが無けりゃ買わない。“見栄と体裁よ、さらば”だね。いいものが見付からなかった時、「合うの無いわ。おつかれさま〜」と言って帰れるかどうかだよね。“これだけ店員に苦労させたから、あんま気に入らないけどスカーフだけ買おうかしら?”なんてのは堕落ですよ。

かえる
さらばの極意は、楽しむこと


―― ところで、初夏には、豪華映画俳優陣との対談集(※2 )を上梓されるそうですね。

皆かなり本音を喋ってくれて、相当面白い本になりましたよ。中でも、僕は勝新太郎とは本当に仲良くてね。ひどい目にも遭ったけど(笑)。あるときNHKで、新藤兼人、大島渚、勝新太郎、僕の四人で座談会やることになったんだけど、集合時間の11時になっても勝ちゃんが来ないんだ。皆が痺れを切らせ始めた2時半頃、変な男達がスタジオに来て、「勝新太郎は只今神楽坂の宿を出まして急遽車でNHKへ向かっておりますので、今暫くお待ち下さい」って。15分毎にそんな連中が、「只今駅前通過」「只今西玄関」。最後に玉緒さんが駆けて来て、「すんまへん、今来ますさかい」って。いやあ、これは大変な人だと思ったよ(笑)。

―― 『週刊新潮』での映画評も、毎回面白く読ませて頂いています。

“75歳で、正月休みの映画採点表用の20本を一気に観るなんて無理”って思ってやるとダメなんです。“疲れや老いよ、さらば”で、スポーツ精神を持って楽しくやらなきゃ。さらばの精神の極意は、楽しくやること。昔、衣笠貞之助(※3 )って名監督が居たんだけど、彼は70代になっても凄く若くて、「先生、お若いですね」と言われると、「私は二代目ですけど」って答えてみせてたそう。そういう精神でいかないとね。「白井さんお若いですね」って言われて「あなたがおっしゃってるのは先代のことじゃありません?」と言えるようなね(笑)。

※2 対談集:日之出出版社より初夏に刊行予定。白井佳夫VS日本の映画スター8人との対談集。ゲストには、岸恵子、若尾文子、勝新太郎、池部良、香川京子、八千草薫、高倉健、吉永小百合と錚々たる顔ぶれ。

※3 衣笠貞之助:大正・昭和期の俳優、映画監督。女形をしていたところをスカウトされ、日活向島撮影所の専属俳優に。後に、映画界が女優を起用し始め、女形が不要になってきたこともあり、監督に転向。名匠となる。


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1つ1つのエピソードを、ユーモアたっぷりに生き生きとお話下さるお姿から、
常識にとらわれず自らの感性を信じることこそ、人生を輝かせてくれるのだと再認識したインタビューでした。
さて、次回の達人は、私たちにどのようなことを気づかせてくれるのでしょうか…?お楽しみに!


白井佳夫(シライ ヨシオ)/映画評論家


映画評論家。元『キネマ旬報』編集長。読者の投稿を奨励し若い批評家を育成し、また、他分野の文化人に映画論を書かせるなどして映画ジャーナルの世界を豊かなものにした。映画『無法松の一生』の戦時中の国家検閲と、戦後のアメリカ占領軍の検閲による二重のカットシーンを、映画の上演とともに復元して全国を巡礼したパフォーマンス公演でも有名。著書に『白井佳夫の映画の本』『日本映画黄金伝説』『黒白映像 日本映画礼賛』『二十四時間の映画』等。
 




松本 玲子

STAFF NO.12
松本 玲子(マツモト レイコ)/女優・ライター


女優・ライター。『JIVE』での連載等、雑誌・フリーペーパーで執筆。TV東京『リトルホスピタル』CM『ぽすれん』出演、映画『アトピー刑事』主演、『TSUTAYA』CMナレ-ション等でも活動。ホッピー神山氏とのラジオ番組『cocoa lounge』でパーソナリティー担当。zero gravity sound systemボーカルとしてCD発売、'04PTNAグランミューズ東日本優秀賞受賞、北関東ピアノコンクール第三位等音楽活動も行う。
http://www.reico.org/



尾鷲 陽介

STAFF NO.5
尾鷲 陽介(オワシ ヨースケ)/カメラマン


1977年生まれ。北海道名寄市出身。
美大で工業デザインを勉強後、スタジオ勤務を経て
フリーで自由に活動しています。
http://e123.sunnyday.jp/

2008.02.01    「常識よ、さらば」
2007.12.08    「済んだことよ、さらば」
2007.10.26    「既成概念よ、さらば。」
2007.09.20    「反故よ、さらば。」
2007.08.13    「ストレスよ、さらば。」
2007.07.12    「リハビリよ、さらば。」
2007.05.21    「高音質よ、さらば。」
2007.04.30    「安定よ、さらば。」
2007.03.30    「流行よ、さらば。」
2007.02.19    「フィルムよ、さらば。」
2007.01.22    「和味よ、さらば。」
2006.12.22    「車よ、さらば。」